小さい鉢にひらく緑の葉




雑学

思いやりの語源って?深く考えて人生の炎上を避けよう‼︎




家でテレビをつけっぱなしにしていると、ニュースやワイドショーで報道している内容が耳に入ってくるのですが、最近はついテレビを消してしまいたくなるような事件が多いと感じる今日この頃です。

私は人より「共感」が強い人間のため、被害者の気持ちになりやすく辛い気持ちに堪えられなくなることがあります。

人の気持ちを考えるというよりは人の気持ちに入っていってしまう傾向があるようです。

「思いやり」と違って、あまり役に立つ能力ではなさそうです。

私にはあまり「思いやり」のほうは無いように感じるのですが、そういえば「思いやり」とは何ぞや?

「思いやりのある人物」になるにはまず「思いやり」の意味を理解してみようと思います。

そもそもどういう意味なのでしょうか。

まずは語源から探ってみることにしましょう。

「思い」と「やり」に分けて考えましょう

陶器でできた犬の人形2つ
「はじめに言葉ありき」…聖書にしるされている言葉です。

言葉の語源を知ると言葉を分析できて意味を知ることができますよ。

「思いやり」は「思い」と「やり」を合わせた言葉で、これが語源です。

「やり」は「遣り」と漢字で書くのですが、「思い」を「遣る」とはどういう解釈をすればいいのでしょうか。

「思いやり」のなぞの部分はおそらく「やり」の方でしょうから、まずは一つずつ詳しくかみ砕いていきましょう。

「思い」について

「思い」の意味は「心の働き、内容、状態」「物事から自然に感じられる心の状態」ですから、思いやりの「思い」は後者の意味が当てはまるでしょう。

また、「思」という漢字には「こまごまと考える。思いめぐらす」という意味が含まれていて、対象について「○○だ」とか「こうなるだろう」と心を働かせること、あれこれと心にかけてわずらい、または嘆くことを表しています。

ですから「思い」という言葉はとても広い意味での主観的で感情的な心の働きを表す言葉なんです。

心の働きですから具体的に挙げると「考え」の他に「希望・願望・興味」のようなポジティブなものから、「心配・執念」のようなネガティブなものも表現できるというわけですね。

「想いやり」と書かないのはなぜ?

ちなみに「思い」の他に「想い」という言葉もありますが、意味はほぼ一緒のようです。

ただし「思い」が頭の中で考えていることを指すのに対して、心の中でイメージすることを指すのが「想い」なので、使い分けが必要です。

「想いやり」とは書きませんよね。

しかも「想」という漢字は常用漢字ではないのだそう。ですから、歌の歌詞やポエムなどでは見かけますが公的な文章には「思い」を使うんですね。

「遣り」について

つづいて「思いやり」の「遣り」の意味を調べてみましょう。

「遣り」は「遣る」という動詞の連用形を名詞化したものですから、意味を調べるうえで「遣る」の意味を調べてみましょう。

「遣る」という言葉の「遣」の字を使った言葉には「お遣い」ですとか「遣唐使」などが思い浮かびますね。

これらからわかるように「遣る」という言葉には「そこへ行かせる・差し向ける」という意味があります。

他にも「何かをすること」の意味もあり、実は「ちゃんとやりなさい!」は漢字で書くと「ちゃんと遣りなさい!」になるんですね。

「宿題を遣る」「一杯遣る」「遣ってられない」など、実は「遣」という漢字は日常にあふれていたんですね。

「思いやり」の意味

犬の人形が向き合う
それぞれの言葉の意味を理解したところで、いよいよ「思いやり」について理解していきましょう。

「思い」と「遣る」の意味がわかったので答えは簡単。

「思い」を「そこへ行かせる」という意味になりますね。

「思いやり」は名詞

意味はわかりましたが、このままでは「思いやる」という動詞の意味になりますね。

「思いやり」は「思いやりがある」「思いやりを注ぐ」という言葉でわかるように名詞ですから、動詞を名詞に置き換えると、「思いやり」という名詞の意味は「思いをそこへ行かせること」また、その気持ち。を指す言葉だとわかりますね。

簡単な言い方をすると「人の気持ちを考えること」と言えるのではないでしょうか。

思いやりのある人とは、他人の気持ちを推量し、相手がどういうことを望んでいるのかを注意深く考えて接することのできる人。というところでしょうか。

うーん。どうやらやはり私には欠けている能力かも知れません。

他人に対してだけつかう?

「思いやり」という言葉はよく他人に対する親切心や同情として使われる言葉です。

辞書などで意味を調べると「他人に対して」と表記されていますが、果たして他人に対してだけ使う言葉なのでしょうか?

確かに他人に対しての気遣いが思いやりなのですが、自分に対しての思いやりがあっても良いですよね。

「自分の身体を思いやりましょう」という表現もあることですし。

さらに広げれば「物を大事にしよう」といった考え方も物に対する思いやりだと思いませんか?

英語では

ちなみに英語で「思いやり」は「compassion」ですが、「思い」「遣り」のように二つの言葉を合わせてできています。

「com=共に」と「passion=痛み、苦しみ」がcompassionの語源です。

英語で「思いやり」とは、一緒に痛みを感じてあげることなんですね。

また、医療やサービス産業の分野において欠かせない「ホスピタリティ」という言葉を日本語にすと「おもてなし」や「思いやり」と出てきますよ。

名言

肩を寄せ合う犬の人形
「思いやり」の言葉の意味は理解できたでしょうか。

今回調べてみて大変説明が難しい言葉だと痛感しました。

それはきっと「思いやり」というものは語源を越えた深くて広い意味を持っているからではないでしょうか。

ここでは「思いやり」についての名言をいくつかご紹介します。

私の感想も交えますが、皆さん自身の心で「思いやり」という言葉を感じていただけたらと思います。

頭で理解する「思いやり」の意味と、心で感じる「思いやり」の意味は同じようでいて実は違うかたちで心に響くものではないでしょうか。

井上靖

地球上で二人が顔を合わせたら、そこには一つの約束がある。何だといったら相手の立場に立って物を考えよう。「仁」ですね。いわゆる思いやりです

数々の名作を生みだした小説家・井上靖さんは実は数々の名言ものこしてくれています。

彼の言葉はその作風同様大変わかりやすくて、一度読んだだけで腑に落ちるところが大好きです。

ちなみに「仁」とは中国思想における徳の一つで、人間関係の基本いわゆる倫理規定です。

山下智茂

キャッチボールができれば、人生は絶対に成功する。なぜかというと、キャッチボールは相手がとりやすいように、相手の胸めがけて投げる。それが思いやりだ。思いやりのない人間は、絶対に成功しません

山下智茂さんはあの名門、星稜高校野球部名誉監督です。

箕輪戦や松井秀喜5打席連続敬遠などの伝説の試合を生んだレジェンドは、生徒への人間教育も徹底していたことで知られています。

スポーツを通して人生の何たるかを教えることは指導者にとって最も忘れてはいけないことですから、特に学生スポーツの指導者は人格者である必要があると思います。

松下幸之助

人を生かすことで一番大切なのは配慮だ。人に対する配慮、思いやり、共感がなければ、人を動かすことはできない

言わずと知れた、松下電器の創業者ですね。

「経営の神様」と言われますが、その思想は本当に人間味があって「会社とはこうあってほしいも
のだ」と憧れます。

現代の私たちのためになる言葉を数多く残しています。

ダライ・ラマ14世

ほかの人々に幸せになってもらいたければ、思いやりを実行に移すこと。自分が幸せになりたければ、思いやりを実行に移すこと

映画にもなったチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は、それまでの思想でダライ・ラマ13世の転生として選ばれ、幼少時にダライ・ラマ14世とされましたが、自らは仏教の一僧侶で生身の人間であり、仏の生まれ変わりではないと宣言した人物です。

世界平和やチベット宗教・文化の普及に対して評価を受け、ノーベル平和賞を受賞しました。

こうして「思いやり」についての名言を見てみると、人生において何が大切なのかが見えてきますね。

思いやりを実行に移すことは小さなことからすぐにでも始められそうですが、例えば地位があがったり裕福になってもそれを継続できる人物はやはり人格者と言えるのでしょうね。

まとめ

  1. 「思いやり」の語源は「思い」と「遣る」の二つの言葉です
  2. 「思いやり」の意味は簡潔に言うと「人の気持ちを考えること」です
  3. 「思いやり」の意味を心で感じましょう

世界中で発信されているSNSでの言葉や映像の中には、つい思ったことを簡単に言葉や態度にしてしまい炎上騒ぎを起こしているものが見られますね。

明らかに法を犯していたり他人から怒りをかうようなものは批判されて当然と思いますが、中には「そこまで批判しなくても…」と思うような炎上もあると思いませんか?

批判する基準は人それぞれなので「配慮に欠ける」「無神経」と感じる人も中にはいるということなのでしょう。

現代では、何かを発信するときには細心の注意を払って発信しなければ批判を浴びてしまう可能性がそこかしこに潜んでいるということです。

個人ならまだしもCMのように企業全体のイメージにかかわることなら莫大な損失がうまれますよね。

自分本位なものの考え方を自由に発信できる世の中ではなくなったということです。

受け取る側の「世間」がどう思うか、想像力が必要なのです。

そこで最も求められるのが相手に対しての「思いやり」なのでしょう。

炎上する言葉や映像が今も絶えないところをみると「思いやり」がいかに難しいのかを考えさせられますね。




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