泣けるアニメ「甘々と稲妻」。
皆さんは「甘々と稲妻」を見たことはありますか?
2016年夏にアニメ化された雨隠ギト先生の作品です。
家族アニメであり、料理アニメでもある日常ほのぼの系のアニメで泣けると話題になりました。
「甘々と稲妻」のあらすじ
若くして妻を亡くした高校教師の犬塚公平は仕事に追われながら幼稚園に通う一人娘のつむぎを育てていました。
ある日、お花見に出かけた二人は、一人で美味しいと泣きながらお弁当を食べる女子高生の飯田小鳥に出会い、彼女の母が経営するご飯屋「恵」の名刺をもらいます。
つむぎは美味しそうにご飯を食べる小鳥に興味を示します。
公平が仕事の日はシッターに面倒を見てもらい、弁当屋の弁当を一人で食べる日々をつむぎは寂しく思っていました。
それに気づいた公平はつむぎと一緒に美味しいご飯を食べようと恵へ向かいます。
しかし、料理研究家としてメディア出演している小鳥の母は忙しく、ほとんど営業していないという現実でした。
店に明かりを灯していたい小鳥と、美味しいご飯を食べさせてあげたい公平は利害が一致し、恵でご飯を一緒に作って食べることになりました。
これは、仲良し親子と食べることが大好きな女子高生のお話です。
アニメの感想
わたしはリアルタイムでアニメを視聴していたのですが、毎週のように泣いてしまいました。
年齢を重ねるにつれて涙腺が緩くなるというのは本当なんですね。
それにしても視聴者を泣かせにきている…。
幼稚園児という、まだまだわがまま放題のつむぎちゃんですが、
おとさんが大変なことを察して言いたいことを我慢してしまったり、ママがなくなったこと理解できていたり、子供なのに環境のせいでどこか大人な部分も持つ姿に少し苦しくなります。
段々とつむぎのそういった部分に公平も気付くようになり、甘やかし優しく接しているのに胸が熱くなります。気づけば公平と同じ視点でアニメを見ていました。
そんな二人を傍で見ている小鳥も母と一緒に過ごす時間が短いのでつむぎの気持ちが分かるのか、公平にああしてあげて、こうしてあげて、と助言します。
小鳥ちゃんも寂しかったんだろうなぁと言動の裏側が感じ取れました。
誰しも幼少時代はありますが、大人になるとその頃の気持ちを忘れてしまうので、子育ては難しいのだと思います。大事なことに気付かせてくれるアニメでした。
甘々と稲妻のタイトルの意味は?
それでは本題に入りたいと思います。
甘々と稲妻ってタイトルだけ聞くとどんなアニメか分からないですよね。
タイトルから内容が分からなかったのですが、アニメを見終えると次はタイトルの意味が分からなくなりました。
作者の雨隠先生は特に意味はないとおっしゃっています。
と同時に、作品のイメージを別の言葉に置き換えたともインタビューで応えられています。
なので、わたしなりに解釈してみました。
作品の内容的に、甘々=おとさんの公平、稲妻=つむぎを表していると思います。
つむぎちゃんはまだ感情のコントロールができず、喜怒哀楽が激しいです。
大きい感情の一つ一つが稲妻なのではないでしょうか。
そしてそのつむぎに怒ることの少ない優しい父の様子が甘々なのだとわたしは思いました。
甘々、稲妻、と2つの単語としてバラバラで考えたとき、イメージしたものに対する感情が正反対なのですが、それもそれでいいバランスがとれているのかなと思うと二人もそうだと感じました。
自分の感情に素直なつむぎとつむぎを優先する公平もちょうどいい関係ですよね。まさに親子という感じで。
甘々パパの公平と衝動的で予測できない稲妻のようなつむぎの、似てはいないけどバランスのいい二人という解釈でわたしはこの作品を見ていました。
ですが、調べてみると他にもいろいろな解釈の方がいらっしゃいました。色々な感じ方があっておもしろいです。
雨隠先生も、ファンがこうやって考察するのを狙っているのだと思います。まんまと考えこんでしまいました(笑)
あなたの考える甘々と稲妻は?
以上、わたしの考察でした。
作品の内容然り、タイトル然り、誰かの手によって作られたものには何かしらの思いが込められているのでそれを読み取るのって難しくもあり楽しいですよね。
わたしは犬塚親子を表していると解釈しましたが、感じ方は人それぞれだと思います。
ぜひ皆さんも一度、タイトルの意味を考えながら甘々と稲妻を見てみてください。
良い人間関係を築くヒントにもなる作品なので、何か悩んでいる人にもおすすめですよ♪